お侍様 小劇場

    “遠き彼方の空の下” (お侍 番外編 81)
 

       



 根元を雪で覆われた木々は、頑丈な幹が濃い褐色で。モミの木かそれとも別の木か。梢にもたわわに緑が宿っているのが、植えた人々には枯れた木よりは頼もしいのかもしれないが。迷子の迷子の坊やには、見通し悪いよにと とおせんぼする、意地悪な存在にしか見えなくて。

 「うぅ、」

 さんざん歩き回ったものか、なのに何にも見えて来ないのが、心細くてしょうがない。何度もママと呼んだのに、お返事の声は聞こえぬままだし。いつの間にか泣いてたせいで、喉が詰まって息苦しいし。

 「…ままぁ。」

 雪のお山は あんまり楽しかったからあのね、色んなことに眸を取られちゃったの。真っ青なお空と真っ白な雪と。カラフルなお洋服の大人たち、にぎやかな音楽。ママと乗って何回もすべったソリは凄い速くて楽しくて。お腹空いたね、今パパが食堂に行って、席が空いてないか見て来てくれてるからねって。帰ってくるまで待ってようねって、そんなお話ししてたのも、もしかして話半分に聞いてたから、罰が当たったのかもしれない。

 「…ままぁ、ぱぱぁ。」

 手ぶくろ無くしてお手々も寒いの、早く帰りたい、お家へ帰りたい。そんな思って歩いてたら、いきなり ばささって音がした。さっきもあのね? そんな音がしたから びっくりして、わあって駆け出して道が分からなくなったのだけど。今はもう、走る元気も沸いて来なくて。何だろってそっちを見たらば、木と木の間に何かいる。こっちだよって書いてある看板かと思ってた棒が動いて見えて。それで、わあってドキドキしながら、後ろへ転んじゃったんだけど。

 「…。」

 その何かは動くのを止めたの。そいから、そいから…ちょっとじっとして何か考えてて。そいから……いきなり座ったの。立ってたのに、雪の上へ座ったの。そいで、

 「シチのかお、シチのかお」

 何かぶつぶつ言って、それから…にこぉって笑ったのが、あのね? 凄っごい優しいお顔だったから。

 「あ…あぅ、ひっく…。」

 あんねあんね、怖かったの。誰もいなかったから あんね、お兄さん助けてって。頑張って起っきして、お兄さんんの方へ駆けてって。お手々広げてくれたのへ、ぎゅううって抱きついて助けてってしたら、

 「怖かっただろう。もう大丈夫。」

 スキー用のふかふかのお服にきゅうって抱っこしてくれて。頬っぺへ頬っぺ、くっつけてね。いい子いい子って背中をさすってくれたから。これでも我慢してたらしいけど、それも限界。とうとう、大声出しての“うあ〜〜〜んっっ”と、涙を振り飛ばして泣き出しちゃった坊やを抱いて。金の髪した白いお顔のそれはきれいなお兄さん、その胸のうちにてこちらもまた一生懸命に、シチならこうする、シチならこうする…と、呟き続けていたらしいです。



      ◇◇◇



 人目を避けるようにして、一人、宿舎の屋根の上へ登ってしまわれたくらいは、今更驚く範疇じゃあなかったが。
(おいおい) 一体何を見とがめられたのか、そこから不意に、雪原へとび出して行かれた若には、隋臣頭の高階氏を除き、微妙にあたふたしかかった木曽の“草”の皆さんだったらしくって。そうか、こういう方向や事態への機転も必要とされるのかと、今回は単なる学校行事への護衛だったにも関わらず、気を抜けない次代様であること、またひとつ覚えた新人部隊の顔触れだったらしかったが、それはまあさておいて。

 「迷子、でしょうね。」
 「…。(頷)」
 「案内所のあるロッジまで連れ帰りましょう。」
 「…。(頼)」

 いきなり大勢で姿を見せると怖がられかねぬのでと。久蔵が保護した坊やが何とか泣きやみかかったらしい間合いを見計らい、こちらさんたちも…不自然ではないようにという配慮からか、スキーウェア姿でいた草の方々が二人ほど、その姿を現して。その片や、今日は木曽から出て来ていた高階氏が、直々に久蔵へと声をかけ、後はお任せをと坊やの手を引く。今度現れたのは、微妙に頼もしさの過ぎる、子供にはちと恐持てかも知れないおじさんだったので、

 「…っ。」

 ヒッと震えて見せた坊や、久蔵にますますしがみついてしまったが。そんな坊やへ、ほれと無口なお兄さんが手渡したのが…さっきまで食べていたブッセの新しいので。甘い匂いのケーキへと、坊やの気持ちが逸れたところを衝いて、

 「よしか?
  こやつ…この人はいい人だ。俺の、、、、、、“じい”みたいな人だから。」
 「……………☆」

 途端にきょとんとしたのは、もう一人の草のお人だけ。坊やはお顔を上げると、

  「でも、しんけんじゃーのじいは もっとおじいさんだったよ?」

 と、訊き。そして。

 「家によって なる年は違うのだ。」
 「そうでござる。わたしは早ように殿へと仕えたのでな。」

 お膝をついたままの久蔵の傍ら、やはり跪
(ひざまず)くと、自分の胸元へ手のひら伏せる、そりゃあ大仰な仕草までして見せた高階さんだったものだから。まだ微妙に久蔵のほうへと、離れ難そうに掴まっていた坊やだったが。間近に見た“おじさん”のお顔は、そんなに怖くもなかったか。うんと頷くとようやっと、そちらのおじさんの方へお手々をつなぎ直して見せた。もらったばかりのケーキをパクリとし、美味しいといい笑顔をして見せてから、

 「お兄ちゃん、ありがとう。」

 お手々を振ってくれたのが可愛かったと。じんとする胸へこちらさんも手を伏せたまま、去ってゆく影をいつまでも見送っていたものの、

 「……太東イブキとかいったな。」
 「は、ははははいっ!」
 「ここで待つか? ついて来るか?」
 「お供しますっ!」

 居残っていた若いのへ、そちらを向きもしないままで声を掛けた次代様。そのまますっくと立ち上がると、そのすぐ足元の雪の上へと刻まれた、とあるタイヤの跡を見下ろしたのだった。




      ***



 迷子になった坊やを探し、半狂乱となりかかっていた若い夫婦の元へ。美味しいケーキも食べ終えて、いい子で案内所に預けられてた男の子の管内放送が届き、何とか無事に再会が叶ったそれと同じころ。

  スキー場近くの、持ち主不在の山荘の1つで、
  都心やその近郊で手荒い盗みを重ねていた窃盗団が、
  無断で潜伏しているらしいとの匿名の通報が入り。
  所轄の警察が包囲した末、突入を果たしたところ、
  既に一味は捕縛されており、
  盗品として届けの出ていた貴金属やら高級時計、
  現金に有価証券などなどが、ざっくざっくと見つかった。

 「…なんだこりゃ。」

 山荘前に停められてあったボックスカーには、着ぐるみショーに使うものだろか、ウサギやクマのスーツが乗っており。だが、奇妙な癖やシワががたがたと角張ってついていたことから、鑑識結果を待たずとも用途は知れて。

 「そうか、これへブツを詰め込んで運んだな。」

 勿論のこと、そんなくらいの偽装で誤魔化されるような中途半端な検問なぞ、どこの警察だって敷かないが。検問が出るより前ならば、そしてそれなりに物慣れた一味が扱っての移動をしていたのなら、繁華街の屋上ショーなぞには付き物なそれ、結構 効果のある目眩ましになったかも知れず。そしてそして………




 「そっか、あの子は車に乗っけられてたクマさんに、
  眸を奪われてのふらふらと、
  あの車の行方を追ってってしまって、
  林の中で迷子になってたんですね。」

 久蔵がその懐ろへと抱きかかえてやった折、あのねあのねクマさんがいたのと、坊やはそんな覚束ないことを言っており。あまりに幼い子供の言うこと、きっと再会叶ったご両親にも“何のことやら判らない”の一言で片付けられてしまうのだろうけど。あんな辺鄙なところの雪へと刻まれたタイヤの轍は不自然だったし、餌不足から冬眠できない熊が人里まで出没という話は結構聞くが、それにしては

 『……匂いがしない。』
 『はい?』

 木曽でもそういう、熊の出没事件というのがあったせいか。感覚的な覚えがあった久蔵には尚のこと、坊やが本物の熊との遭遇を語ったようには思えなくって。それでと、周囲に控えていた他の顔触れも率い、人気のない林の中を探索すれば。鎧戸を全部降ろしている山荘の前へ、その別邸の格とは釣り合わぬ薄汚れたワンボックスカーが停まっているのを発見。車内に残っていた遺留品から、現在手配中の賊だと割り出すことなぞ、倭の鬼神こと、証しの一族の中枢支家幹部にかかっては、隣家の献立を嗅ぎ出すよりも容易い仕儀であり。最寄りの警察へ通報しつつ、行き掛けの駄賃とばかり、ついでに賊の“梱包”までを手掛けておいてやった…のは、はっきり言ってちょっとやり過ぎたかも。

 『〜〜〜〜〜〜。』
 『……ですが、若。』

 もしももしも、警察が一人でも取り逃がしたらどうします。何でアジトがバレたんだろ、そういや途中で通り過ぎたスキー場で、こっちをしげしげと眺めてたガキがいやがったが、そいつが何か証言とかしやがったのかも…だなんて、話を発展させる奴だったらどうします、と。山荘までをお供した、一番の若手が余計なことをぽろりと言ったもんだから…という、そんな運びだったらしく。

 「私がこの者を置いてったのが、悪いのでございましょうとも。」
 「あ、そんな言い方はひどい。」

 何がひどいだ、若が素直な人性をなさっておられるところへ付け込んで、お主の勝手放題へと引っ張り回しおって。でもでも、久蔵様の手際はそれは鮮やかでしたから、引っ括られた者共も誰に何をされたか判っちゃあいないってもんですよぉ。だからだな……っ

 「若、とりあえず…警視庁に配置されている駿河宗家の草が怪しむ前に。」
 「…。(頷)」

 新人教育に熱く燃えている誰か様を横目にしつつ。勘兵衛様へは、そちらの筋から知られる前に、こちらから先んじて申告しておいた方が無難なのではと、こちらは侍従頭の篠宮さんがこそりと忠告して下さって。打ち合わせをしながら、ああしまった それこそうっかりうっちゃってはいけないこと、行方を捜されていようスキー合宿の宿舎へと、大急ぎで戻る寡黙な貴公子殿だったりしたのが、何ともはやな合宿最終日だったそうでございます。


  ……… 大丈夫なんだろか、木曽支家の先行きは。
(う〜ん)





   〜Fine〜  10.02.14.〜02.16.


  *久蔵殿のくじ運がいいのは、
   こういう奇禍に巻き込まれやすいところとの
   採算合わせなのかも知れません。
   (ほら、以前にもややこしい近道の途中で爆弾魔に鉢合わせたし。)

   早速にも、それも若を巻き込んでのお騒がせを、
   しでかしてくれたイブキくんへは、
   高階さんからの厳しいお灸が据えられることでしょうが、
   西の某支家の総代様がたからは、
   頼もしいことよと喝采されるかも知れません。

   「…といいますか、何でまた御存知か。」
   「舐めとったらあかんで。
    ウチら須磨や山科も、
    情報戦やったら木曽にも負けへんよってな。」

   こらこら、仲間うちなんだから仲良くね? お兄さんたち。
(苦笑)

めるふぉvv ご感想はこちらvv**

ご感想はこちらvv(拍手レスも)


戻る